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滂沱の涙

8月12日。
私の愛しい愛しいバロンが虹の橋へ行きました。
未だに気が緩むと叫びだしたいくらいの喪失感で頭がおかしくなりそうになります。

原因は鼻腔内のリンパ腫。
3ヶ月前に逝ったルンバと同じリンパ腫。


始まりはルンバが逝ってから1ヶ月くらい。
バロンは以前から鼻炎持ちだったので、ああ、また鼻水が出始めたなぁとしか思いませんでした。
病院で薬をもらっていたのですが、なかなか治らなくて次第に血が混じりだして。
なんだか左側の額も出っ張ってきたような気がする、と思い出したのが6月の半ばで。
お薬も何度も変えても効かなくて、額のことを先生に話してもCTでないと判らないということでした。

手をこまねいている間に症状は次第に酷くなって、額は気のせいではなく腫れてきて、左の鼻は完全に詰まってしまってうまく息ができなくなって目も見えていないようでした。
身体全身で苦しそうに呼吸する姿に見るに見かねてしっぽ診療所の先生にセカンドオピニオンをお願いしました。
そこで言われたのが腫瘍だろうということ。
確認するにはやはりCT検査が必要で、CTを持っていて癌治療ができる病院を教えていただいて6月末に行きました。

最初は問診と身体検査だけで「それでは7月12日にCT検査の予約をいれます」と言われて帰りましたが、容体はますます悪くなるばかりでついには開口呼吸をしたまま寝たきりになって。
このままでは明日逝ってもおかしくないと、病院に電話して事情を話してお休みの日ですが見ていただきました。

倍量のステロイドや抗生剤、止血剤などの注射投与が効いたのか、劇的に容体は回復して久しく自分から食べなかったカリカリもおいしそうに食べて左目が塞がるほどだった額の腫れもほとんど判らないくらいになくなって。
この時期は本当に治ったんじゃないかと思うくらい、健康な時と同じような生活ができました。
バロン①
本当に幸せな時間でした。

でも病魔は確実に手を広げていて。
CT検査の結果はやはりリンパ腫でした。
治療手段は放射線治療か抗がん剤治療。
放射線治療は仕事の関係でどうしても無理だったので抗がん剤治療を選びました。

1週間ごとに1回の治療でしたが、効き目がほとんどなくてステロイドの飲み薬も次第に効かなくなって。
一度でもいいから放射線治療をしてみませんかと提案されて、バロンの体調が良くなったら試してみようと思っていましたが、それもできないくらいどんどん具合が悪くなっていきました。
バロン③
ずっと傍についていたかった。
痛々しく腫れた額を撫でていてやりたかった。

治療を始める前に予後はどれくらいかと聞いたとき、「同じような症例の子では3~4ヶ月くらいでした」という返答が返ってきました。
抗がん剤治療を始めて1ヶ月。
予想よりもずいぶん早くその日は来てしまいました。

以前のように鼻は詰まっていなかったので息ができていたのがせめてもの救いです。
やっとのことで仕事を早めに上がらせてもらって帰ってきて。
もうほとんど意識のないバロンの手を握って。
私が来るのを待っていたように、早く浅い呼吸がゆっくりになっていったかと思うと。
ひきつるようにバタバタっと手足を動かして…それが最期になりました。
バロン②
気の優しい、いつも笑ったような顔をしている子でした。
綺麗なアイスブルーの目をしていました。
亡くなった時の可哀想なくらい腫れあがった額の顔はもう見たくありません。
可愛い顔のバロンを記憶にとどめておきます。

今こうしていても涙が止まりません。
心が半分もぎ取られたみたいに痛い。
喉の奥に熱いものがこみあげてきて夜もあまり眠れない日が続いています。

こんなことじゃバロンに心配をかけてしまうね。
母ちゃん、頑張って早く立ち直るね。
出来るだけ頑張って、少しでも多くのバロンの仲間を幸せにするお手伝いをしてからそっちへ行くから。
お姉ちゃんのルル子と一緒に虹の橋で待っていてね。

愛しい愛しい…本当に愛しい私の子へ
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ありがとうをいっぱい

5月6日午前1時56分

ルンバの時は止まりました。

9月にリンパ腫だろうと診断されてから、まさかここまでもつとは思いませんでした。

(賛否はあるかもしれませんが、穿刺しての検査はしていません。
乳癌で痛い思いをしたルンバにこれ以上の苦しみを与えるかもしれない
 抗がん剤での治療をさせたくありませんでした)

嘔吐が始まったころから考えたら1年以上になります。

ステロイドだけでここまでもってくれました。

本当に本当に頑張って生き抜いてくれたルル子。

立てなくなる2日前間には元気だったころのように私の布団の上に

上がってきて気持ちよさそうにグルグル言ってくれた。

腫瘍が邪魔をしていたのか、いつもトイレに行くばかりでしんどかっただろうに。

最後はコントロールもできなくなって、きれい好きな子だったのに下半身が

おしっこまみれになって拭いても拭いてもポタポタもれてきて可哀想だった。

お風呂のお湯を飲むのが好きで、最期の場所に選んだのもお風呂の脱衣所。

ダミーと同じ場所というのもなにかの符号を感じました。

最期の日に一緒に寝ようねって、ダミーの時と同じようにルル子のそばに

布団を持ってきて。

横になって見るとルル子もこちらをじっと見ていました。

頭を撫でて名前を呼ぶとしばらくは尻尾を動かして返事をしていたけれど

何度か身じろいで、最期に大きく息を吐いて身体をのけぞらして。

「ルル子?」と呼んでみましたがもう息をしていませんでした。


13歳。うちの子にしては若すぎたね。

いっぱい泣いたし、胸にはぽっかりとルル子の形の穴があいてしまったけれど

ルル子が頑張って私に覚悟の時間をくれたので思ったよりも気持ちは落ち着いています。

ルンバ


ありがとう

ありがとう

ありがとう

大好きだよ

今頃はお兄ちゃんのポンタと逢えたかな?

母ちゃんがそちらへ行くまで虹の橋の袂で待っていてね。

あまりにも・・・

ステェラ遺影用

うりが旅立ってから5日後の2月15日。

我が家にステイしていたステェラさんまで虹の橋へ行ってしまいました。


うりを送った日は仕事で出勤していて、帰ってきて母からステェラさんが

何も食べないと教えられて。

大好きな魚を口の前にもっていっても食べないのはおかしいと。

翌日、病院へ連れて行って診てもらったら36.3度の低体温で、腸が通常の

倍に腫れていて。

次の日から血便が始まって胃が動いていなくて食べても飲んでも吐くので水を欲しがっても

あげませんでした。

輸液と抗生剤で一時は体温が37.5度まで戻って一安心していた矢先。

2月15日の日曜日の早朝、痙攣を起こして、それはすぐに治まったのですが、

2回目に大きな声で鳴いて大量の血便を流して逝ってしまいました。

最期まで大好きだった父の腕枕で。

つい5日前までは普通に食べて飲んでいいうんちをしていたのに信じられませんでした。


ステェラさんのお腹の中でいったい何が起こっていたのか。

同じく日を置かずしてステェラさんの3日前に亡くなった夢花ちゃんも同じような症状だったと。

今となっては原因は判りませんが、二人とも被災地から保護された子でした。

被災して辛い目にあった分、いっぱい幸せになってもらいたかったのに。

我が家の子に懐かれない父に唯一懐いてくれたステェラさん。

こんなことならうちの子にすればよかったと後悔しています。

せめてもの手向けに、うちの子として送らせてもらいました。

バロン&ステェラ

ねぇ、ステェラさん

最期の最期までじぃじが腕枕をしてくれていたのが判りましたか?

優しく頭を撫でてくれていたのが判りましたか?

うちに来て、猫がいっぱいで面白くなかっただろうけど、じぃじに甘えられて

少しは嬉しかったかな。

波乱万丈の猫生だったね。

うちに来てくれてありがとう。

じぃじが行くまで虹の橋で待っててください。





1歳9ヶ月

2月10日
ダブルキャリアのうりが虹の橋へ旅立ちました。

去年の10月に紹介した時には元気だったのに、11月あたりから
それまで食べていたロイカナのインドアを残すようになって。

ドライフードしか食べない子だったから、ずっと食べていたから飽きたのかな
と思って違うフードにしてみたら、少しは食べるけどやっぱりすぐに食べなくなる。

おしっこがちょっと黄色っぽいのも気になって、病院へ連れて行って血液検査を
してもらいました。

白血球4340、血小板7.7 総ビリルビン数0.7

白血病が発症したということと、黄疸が出ていて貧血があるとのことでした。

ダブルキャリアだと判った時から、いつかはと覚悟をしていましたが、
あまりにも早くてショックでした。

ウルソとステロイドをもらって飲ませましたが、ほとんど効かなくて。

丸々としていた身体がどんどん、どんどん痩せていくのを見ていることしか
出来ませんでした。

それでも会いに行くとゴロゴロと喉を鳴らして甘えてくれた可愛い可愛いうり。

喉がつっかえるようになるので、もうゴロゴロはいいよと言ってもずっと喉を
鳴らしていました。

今から思うと喉に腫瘍か何かできていたのかもしれません。

自分で食べなくなったら強制給仕はするまいと思っていたけど、一回だけ
祈るような思いでa/d缶を口の中に押し込みましたが、すごく嫌がって
辛そうだったのでやめました。

おしっこが真っ黄色になって臭いも全然しなくて、かかりつけの先生に相談したら
もう腎臓も機能していないんでしょうと。

ここまで来たら輸液しか出来ることがないし、輸液しても数日間しか延命できない。

苦しんでいないのなら温かくして過ごさせてやればいいんじゃないですかと言われました。


2月に入って完全にご飯が食べられなくなって、7日からはお水も飲めなくなって。

10日の朝に仕事に行く前に会いに行ったのが、生きているうりに会えた
最後になってしまいました。

22時過ぎに帰宅して、会いに行くともう息をしていませんでした。

母が夕方5時過ぎに会いに行ったとき、元気な頃のような大きな声で一声鳴いたと。

きっとさようならを言ったんだと思います。

ゆっくりゆっくりね、と、言っていたのに、たった一年半で駆け足で虹の橋へ行ってしまいました。

甘えん坊な子だったのに、他の子に移らないよう隔離部屋で過ごさせて
仕事で遅くにしか帰れないので時間がなく、なかなか構ってやれなくて寂しい思いをさせました。

後悔ばかりが残ります。

それでも、あの暑かった夏の日、大怪我をしてぐったりしていたあの子を見捨てることは
私には出来なかった。

うちに来て少しでもゴキゲンさんに過ごせたなら。

手を差し伸べたことは間違いではなかったと思いたいです。

うり①

うりや、今度生まれてくるときは健康な身体で生まれてくるんだよ。

うり②








新しい年の始まりに…

新年明けましておめでとうございます。


随分とご無沙汰してしまいました。

年末はバタバタで全くPCを触る時間が取れなくてorz

例年通り、ポンタ命日にはお花を、と思っていたのですが仕事が終わらず

次の日になってしまったり。

今月からさらに仕事がハードになりますが、なんとかブログの更新を

していきたいと思います。



そして年頭に当たり今年こそは楽しい記事を、と思っていたのですが、

最初の記事が残念なお知らせになってしまいました。

タンゴ
今朝、うちの子のタンゴがダミーとみーの元へ旅立ちました。

全く急なことで葬儀をした今でも信じられない気持でいっぱいです。

昨日の夜までは普通にご飯を食べて何の異変もなく元気だったのに、

今朝冷たくなって横たわっていました。

原因は何も判りません。

せめて妹のワルツが側にいたから独りで逝かなかったのだけが救いです。


タンゴとワルツは私が実家を出ていたときに、乳飲み子の状態でうちの庭に

捨てられていた子たちでした。

本当は一度拾ってうちのかかりつけの病院へ連れて行ったものの、面倒を

見切れないと思った拾い主が捨てていったそうです。

それを母が一生懸命育てて15年。

黒猫なら名前はタンゴだと。

兄妹ならワルツだねと、名づけたのは私でした。

病院へかかるときはワクチンのときだけで、病気一つしない元気な子だと

思っていたのですが、どこか悪いところでもあったのか。

もっと注意していればよかったと悔やんでも悔やみきれません。

タンゴとワルツ

ブラッシングが大好きで、すぐ足元にコロンと転がって大音量で

グルグル喉を鳴らす可愛い子でした。

もっと一緒にいたかった…まだまだ逝くには早すぎたのに。



9月にダミー、11月にみー。

そして1月にタンゴ。

2カ月おきに3匹を虹の橋へ送りました。

猫神さま、お願いですからもうこれ以上うちの子を連れて行かないで下さい…







sidetitleプロフィールsidetitle

竜田姫

Author:竜田姫
3匹の猫と暮らしています。
ボランティアのお手伝いでステイもしています。

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